ロンドンで有名なカレーストリートと言えばブリックレーン。
「美味しいカレーを食べたいなぁ・・・。」
そんな時、観光客やロンドンに来たばかりの人はブリックレーンに行けば良いのかと思いがち。
「ロンドンのカレーって特別美味しいわけでもないのかなぁ。」・・・と思ってしまう。
調べてみると納得の事情がありました。
今回はそんなカレーストリート・ブリックレーンの秘密を探ります。
ブリックレーンってどんなところ?
再開発でどんどん姿を変える東ロンドン。
ブリックレーン、ホワイトチャペルエリア・・・今となっては高層ビルも立ち並び、シティ近接で家賃の高いエリアとなりましたが、元々はあまり治安も良くないエリアでした。
そんな殺伐としたエリアに住み着いたのがバングラデシュ系移民。
実はロンドン随一のバングラタウン
↑現在はモスクとして利用されているBrick Lane Jamme Masjid
元々はフランス人のユグノー(キリスト教プロテスタント)亡命者やユダヤ人などが住んでいたこのエリア。
ブリックレーンの半ばにあるJamme Masjid(ブリックレーン・モスク)は、18世紀半ばにプロテスタント教会として建てられ、19世紀末にはユダヤ教のシナゴーグとなり、1976年に現在のイスラム教モスクとして使われるようになったのだそう。
現在の住民、バングラデシュ移民がどっと押し寄せたのは1970年代。
バングラデシュからの大量移民 - 3つの要因
① バングラデシュ独立に際しての混乱
② 自然災害サイクロン
③ イギリスの労働力不足による移民法の変更
ご存じの通りイギリス領インド帝国だった南アジアの国々。
戦後1947年にインドが独立するにあたって、イスラム系住民がパキスタンとして分離独立します。
インドの西にあるパキスタン・・・だけではなく、現在のバングラデシュは、当時東パキスタンとして遠くインドをまたいでパキスタンの一部でした。
しかし、イスラム教という共通点はあるものの、西パキスタンは民族的にはパンジャブ人、パシュトゥーン人などで言語もウルドゥー語。
それに対して、東パキスタンはベンガル語を話すベンガル人。
行政も西パキスタン主導で、東パキスタンのベンガル人たちは蔑ろにされていたのだそう。
そこで更にパキスタンから独立という形で1971年にベンガル人の国「バングラデシュ」が独立。
そんな混乱のさなか、自然災害のサイクロンが起こったり、イギリスでの労働力不足から移民法が変わった流れで、既にイギリスに移住していたベンガル系移民が家族・親戚を呼び寄せ、治安の良いとは言えないエリア・・・ブリックレーン界隈に大規模移住します。
その後、重工業の衰退により、職を失ったバングラデシュ人が始めたのが、現在のブリックレーンに乱立するバングラデシュ人によるインド料理レストラン。
元々イギリスにいたベンガル人って?
家族を呼び寄せたということは、元々イギリスに住んでいたバングラデシュ/ベンガル人も少なからずいたはず・・・。
ブリックレーンがバングラデシュコミュニティーとなるに至った背景として、家族を呼び寄せた先発移民・・・元々イギリスに住んでいたベンガル人が多かったことがあげられます。
調べてみると、遡ること17世紀・・・まだインド周辺がイギリスに占領される前のこと。
イギリスの東インド会社の商用船で働いていた下級船員・・・ラスカーと呼ばれた人たちがいたのだそう。
彼らは船主にとって、ヨーロッパ人の船員が嫌がるボイラー室などでの過酷な労働を文句も言わずに引き受ける、使い勝手の良い労働力。
元々は東アフリカやアラブ、キプロスなど様々な所から雇われていましたが、大多数はインドの海洋エリア、グジャラート、マラバール、ベンガルからリクルートされて来た人達だったそう。
その後ラスカーの需要が高まるにつれて、農業エリアのパンジャブや東北7州エリアからも採用されたとのこと。
ところが、そんな商用船が港湾都市ロンドンやリバプール、カーディフ、グラスゴーなどに到着するも、復路便がいつでるのかも分からず、宿泊場所も提供されず放置。
帰りの船でも過酷で低賃金の労働を強いられるならば、イギリスで新たに船乗りとしての仕事を見つけた方が稼げる・・・。
そういった経緯でラスカーとしての仕事を放棄し移住したのが大半の初期インド系移民ということらしい。
現在のバングラデシュ東北部にある街Sylhet(シレット)からの移民が特に多く、イギリスで稼いだお金を家族に仕送りすることから、シレットはバングラデシュ国内で1番裕福な街なのだとか。
そんな裕福な暮らしを目の当たりにして、アメリカンドリームならぬブリティッシュドリームで渡英したは良いものの「労働力」としてしか考えられていない当時のイギリスではろくに人権など無く、大変な生活を強いられていたそう。
↑ ブリックレーンを抜けた先にあるアルタブ・アリ パークは、人種差別でティーンエイジャーらに襲撃され死亡したアルタブ・アリを悼むために名付けられた公園。
↑ 園内にはバングラデシュの国旗🇧🇩をモチーフにしたモニュメントも。
大規模移住したのが70年代と、それほど昔の話ではないため、移民一世も多いブリックレーン、ホワイトチャペル付近。
路上のマーケットや食堂、商店では、本場バングラデシュさながらの喧騒の中、民族衣装をまとった人達の生活を垣間見ることができます。
インドカレー?実は作っているのはバングラデシュ系移民
さて、話を本題のカレーに戻しましょう。
何を隠そう私自身、学生時代に旅行でロンドンに滞在した時も、2010年に移住したばかりの時も・・・ロンドンで美味しいと聞いていたカレーがイマイチでガッカリしました。
移住した後も「カレー好きだし、ロンドン・イーストエリアも好きだし、このあたりに住んでみよう!」
・・・と軽い気持ちでブリックレーン付近で部屋探しを始めたものの・・・。
物件の内見に行くたびにいろんな店で食べても何だか今ひとつ・・・。
今ひとつピンとこなかったわけとは?
今回調べてみて分かったのはいろんな要因が絡んでいるということ。
簡単にまとめると理由は3つ
①観光客が集まる立地
②ベンガルの家庭料理は一般的なインド料理のイメージと違う
③インド各地の地方料理はちょっとテキトー
観光客が集まる立地
さて、このブリックレーン付近。
バングラタウンとしてではなく、観光客を引き寄せるもうひとつの顔があります。
家賃が安かったことから若いアーティストなどが住み着き、オシャレで個性的なお店や古着屋などの集まるトレンディーなエリアとしても人気を集めるこの一帯。
グラフィティーだらけのこ汚い建物が並ぶ横道に入ると素敵な古着屋さんがあったり、オシャレな会員制のコワーキングスペースがあったり・・・。
元ビールの醸造所だったオールドトルーマンブリュワリーの渡り廊下をくぐって北に向かうと、カレーハウスよりも若者向けのカフェやバー、ヴィーガン/ベジタリアンレストランやオシャレな店なんかが増えてくるショーディッチエリアの東の端。
過去ユダヤ人街だった名残りのベーグル屋さんも。
週末には若者向けの人気のマーケットがいくつも開催され、若者でごった返しています。
そんなバングラ街とは正反対の顔も持つブリックレーンには、観光客もたくさん。
観光客向けのレストランってインド料理に限らず、イマイチなんですよね。
リピーターになってもらう必要もないし、味やコンセプトなどの工夫をしなくてもお客さん入るし・・・。
飲食業界が苦境に立たされている今現在、ブリックレーンのレストランも閉店する店が増えているのだそう。
最近の若者はインスタやTwitterなどを見てお店を選ぶし、なんとなくカレーストリートで有名だしカレー食べようか・・・なんて流れにもならないのかもしれません。
インド料理のイメージと違う
私自身、当時期待していた「インドカレーのイメージ」は北インド系のこってり系バターチキンと大きなナーン。
でもブリックレーンで出てくるカレーは、何だか味つけもいつもと違うシャバシャバなカレーが多かったんですよね。
当時の私は、インドの地方料理の違いはもちろん、パキスタンやバングラデシュ、スリランカといった南アジアの他の国の料理についても知識がありませんでした。
当然ベンガル料理とパンジャブ料理の違いなんてわかる訳もなく、なんかチガウ・・・と。
インドの各地の地方料理はちょっとテキトー
やはり「バングラデシュ料理」と言うよりも「インド料理」と言う方がウケが良い。
そもそもバングラデシュ料理と聞いてどんな料理かピンとくる人って、それほどいないんじゃないでしょうか?
ブリックレーンのカレーハウスには、ベンガル・バングラデシュ料理だけでなくインド全般の料理を提供する店もたくさんあるのですが・・・。
行ったこともない地方の料理を素人のベンガル人が作る・・・。
しかも昔はYoutubeやインターネット、シェフの料理本なんかも無かったんですよね。
英紙ガーディアンによると、なんとイギリスのカレーハウスの8割はバングラデシュ・ベンガル系なのだそう。
ブリックレーンに限らず、街のカジュアルなインド料理屋さん(通称カレーハウス)のカレーって本場のカレーとはちょっと違ったりするんですよね。
カジュアルなカレーハウスとベンガル・バングラデシュ料理
つまりはブリックレーンのお店は、典型的なイギリスのカレーハウスのインド料理と、ベンガル・バングラデシュ家庭料理。
しかし、今現在は、イギリスでも南インドやスリランカ料理をはじめ、南アジアのいろんな国や地方の料理が注目されていたり、インドの高級ホテル系の料理専門学校でインド各地の料理を学んだシェフが続々とお店を出しているので、ロンドンでも本場の味を楽しめます。
そもそも、日本でも近所のおばちゃんがやっている食堂と修業を積んだシェフの本格的なレストランを比べてどちらが美味しいかなんて野暮なことは言いませんよね・・・。
そんな近頃の人気のインド料理のレストランと比べると「イマイチ」・・・と感じてしまうのは否めないけれど、決してマズいというわけでは無いんです。
バングラデシュの家庭料理を食べてみる!
ここまで読んで「じゃあブリックレーンではカレーは食べない方がいいんだね?」と思われた方もいるかもしれません。
私がブリックレーンで食べてみたいと思ったのは、バングラデシュの家庭料理。
ホワイトチャペルエリアにある、お客さんがバングラデシュ人だけの現地系食堂も良いけれど、ブリックレーンでは観光客もいるので入りやすくメニューも分かりやすい。
バングラデシュ料理ってどんな料理?
米どころバングラデシュでは、チャパティやルティと呼ばれる無発酵パンも食べられるが、主食はやはり米。
動物性のたんぱく質としては、60%が魚で、そのほとんどが淡水魚なのだそう。
バングラ系スーパーと他のインド系スーパーの違いは、大量に置いてある冷凍の魚。
マスタードオイルの品ぞろえも圧巻。
イギリスでは食品として認可されていないので、通常食用として大っぴらに陳列されていないのですが、バングラスーパーではバラエティー豊富な巨大サイズが堂々と置いてあります。
柑橘系フルーツの種類が豊富で、シャトコラというレモンはカレーにも使われています。
お母さんが毎日つくる家庭料理
今回は家庭料理のお店、グラーム・バングラ【Graam Bangla】に友人と行ってみました。
ぜひとも食べてみたかったのは、バングラデシュのナショナルフィッシュであり、インド西ベンガル州の州魚でもあるイリシュ。
イリシュ・ブナ
揚げたイリシュと芋(里芋っぽいちょっとネットリ系)が入ったサラッとしたカレー。
淡泊で川臭いイメージの淡水魚にしては旨味がある。
ニシンの仲間らしいけど淡水魚なのだそうだ。
小骨がたくさんあって若干食べづらいけれど、味は結構美味しい。
こちらのカレーもマスタードオイルを使用しているそうですが、香りも辛さも意外とマイルド。
ビーフシャトコラ
住民のほとんどがムスリムの国なので、ヒンドゥー教の多いインドの西ベンガル州とは違いビーフも一般的に食べられる。
シャトコラレモンがごろごろ入っていて、ビーフだけれどとても爽やか。
レモン自体は酸っぱくはなく、果肉より果皮?の白い部分がほとんどなイメージ‘。
ミックス・ボルタ
野菜や魚をマッシュしたのがボルタ。
こちらのお店では10種類ものボルタがありました。
味はトマト、海老、カボチャ、白いんげんっぽい豆、レンズマメ、白身魚のすり身入り、煮干し入り、アンチョビっぽい魚・・・など。
コリアンダーリーフ(パクチー)がたっぷりで魚臭さも緩和されています。
家族経営で、こちらのお母さんが毎日開店前に作っているのだそう。
店内奥にキッチンが見えるカウンターがあり、カレーとボルタについてお店のおじさんが丁寧にひとつひとつ教えてくれました。
店内の絵のように、バングラデシュ人の生活は川と共にあり、この絵のように魚を獲っているのだそう。
確かにインド料理のイメージで食べると「え?これは何だかチガウ!」・・・となる。
でも、バングラデシュ料理だと予習して食べたら美味しいし、新しい味で楽しい。
バングラデシュ移民の波乱万丈な歴史を想いながら味わうブリックレーンのカレーの味は・・・じんわりと滋味深く格別でした!
参照:BBC Creative Diversity Bangladesh, The Lascars ; Britain's Colonial Sailors