ロンドンで3回目のロックダウンが段階的に解除され、そろそろ美味しいカレーをたべたいなぁ・・・思っていた2021年の6月初め。
自分のお誕生日月ということもあり、子供(と夫)から解放されて、週末に久しぶりのおひとり様ランチに選んだのがこのお店。
ファインダイニングとしてのインド料理の代表格とも言える名店。
間違いなく美味しい・・・という安定感あるイメージのお店。
しかし、調べてみると、コロナ禍の混乱の陰で、まさかの交代劇が繰り広げられていたのでした・・・。
今回は現在のレストラン内情について、レストランのレビューはこちらの別記事でまとめています。
インド料理初のミシュランスターシェフの店(だった・・・?)
インド料理って、20年ほど前までの西洋社会では、あくまでただの "エスニックフード” に過ぎなかったんです。
正式な食事会や大切な商談に使うようなレストランではなかった。
しかし、今では「ロンドンで食べるべきはインド料理」と言っても過言ではないほどに、ファインダイニングとしてのインド料理が定着しました。
そこに至るまでに大きく貢献したのは、やはり、ミシュランガイド。
2001年、インド料理で初めてミシュランスターを獲得したインド人シェフが2人。
そのうちの1人、アトゥル・コッチャーは、タマリンド【Tamarind】で星を獲得し、その後、自らの店として2003年にベナレスで独立、2007年に2つ目の1つ星を獲得しました。
「ベナレス」と言えば、アトゥルさんのレストラン。
今でもそう思っている人は多いはず・・・。
ところが・・・。
セレブシェフ、アトゥル・コッチャー【Atul Kochhar】に何が?
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フレンチの人気シェフ、Raymond Blanc、Chris Galvinと記念撮影。
でも、そこはベナレスでなく、カニシュカ・・・。
今思うと、再帰復活したアトゥルさんを応援しに来ていたのかな。
インド出身のシェフで実業家
アトゥルさんはインド料理初のミシュランスター獲得のみならず、複数のテレビ番組やイベントに精力的に出演し、イギリスで人気のインド料理シェフ。
もちろん料理の腕は折り紙付きです。
インド東部のジャールカンド州、ジャムシェードプル出身。
インドの高級ホテルチェーン、オベロイやヒルトンで研鑽を積み、1994年に渡英。
その後の活躍は前述した通り。
国内外に10件近くものレストランを展開しています。
口は禍の元、SNSは諸刃の剣
アトゥルさん・・・実はツイートが大炎上してしまったのです・・・。
2018年、インド人女優が主人公を演じるクワンティコというアメリカのドラマに関するツイートでした。
このドラマ、内容がテロリスト関連のサスペンスで、FBI養成学校で学ぶインド系の主人公が、ヒンドゥー系テロの容疑者になってしまう・・・という内容らしい。
このプリヤンカさんという女優さん、ミスワールドに輝いた美女で、アトゥルさんと同じジャムシェードプル出身。
私自身はこの番組を観ていないので、詳しい内容は分からないのですが、彼女の演じた役柄にヒンドゥー系極右のナショナリスト達が猛反発。
「インド系ナショナリストが、カシミールでのサミット直前に、マンハッタンでテロ攻撃を仕掛け、パキスタンへの攻撃を計画する」というエピソード。
I’m extremely saddened and sorry that some sentiments have been hurt by a recent episode of Quantico. That was not and would never be my intention. I sincerely apologise. I'm a proud Indian and that will never change.
— PRIYANKA (@priyankachopra) June 9, 2018
"クワンティコの最近のエピソードのせいで、一部の方々の感情を傷つけてしまい。とても悲しく、申し訳なく思っています。それは私の意図するところではありません。心から申し訳ありません。私は今もこれからも、インド人としての誇りを持ち続けていきます。” とプリヤンカさん。
このツイートに反応してしまったのが、件のシェフ、アトゥルさん。
“It’s sad to see that you have not respected the sentiments of Hindus who have been terrorised by Islam for over 2000 years. Shame on You.”
"2000年もの間イスラム教徒によるテロ攻撃にあってきたヒンズー教徒たちの感情を尊重できなかったのは残念だ。恥を知りなさい。”
翌日ツイートは削除され、そもそもイスラム教は1400年ほどの歴史であることにも触れ、謝罪しています。
感情的になって怒りを間違った方向(女優やムスリム)に向けてしまった印象。
ムスリムの友人も多数いるそうで、反イスラムと言うよりは、番組によってヒンドゥー系インド人としての感情を害されたうちの1人なんですよね・・・。
このヒンドゥー系の人々の女優への抗議問題に関して、制作したABC局側も "複雑な政治的問題に介入するようなことをして申し訳ない” と謝罪し、女優としてはストーリーを変えることは出来ないので、プリヤンカさんは責められるべきではないと擁護しています。
部外者には分からない、複雑な問題
これは、その国に住む当事者たちにしか分からない、根深くセンシティブな問題・・・部外者が簡単に触れるべきではない問題ですよね・・・。
政治的、かつ宗教的に未だなお、紛争地帯として問題を抱えているカシミールの一部エリア。
しかもマンハッタンでテロ攻撃なんて言うと、嫌でも同時多発テロが思い起こされる。
テロリストはどっちだよ?と煽られてしまった感もありますよね・・・。
反イスラムのレッテルを貼られ、その後どれだけ公の場で謝罪してもわだかまりが残ってしまった模様。
私たち日本人にだって、近隣の国と複雑な感情を伴う問題がありますよね・・・。
普段は韓国人にだって中国人にだって友達もいるし仲良くしていても、心をざわつかせる問題、ありますよね・・・。
きっと世界中にそういった繊細で複雑な問題がたくさんあるんですよね・・・。
だからこそ、平和に仲良く暮らしていくには、宗教や政治の問題はタブーとされているのに。
芸術や思想としてなら表現の自由とも言えるかもしれないですが、エンターテイメント、娯楽のために一部の人の感情を無暗にかき乱すのはどうかと・・・。
・・・にしても、影響力のある人こそ、SNSで感情的な発言は慎むべきだというのも事実。
誰でも簡単に発信できるのがSNSの魅力。
裏を返せば、簡単に、一瞬にして身を亡ぼすことにもなりかねない怖いツールですね・・・。
自分のレストランから解雇される?
この一連の騒ぎにすぐに反応したのは、ドバイに本拠地を置く JWマリオット系のホテルで、アトゥルさんとの契約を即刻解除。
更には自らシェフ・パトロン(オーナーシェフ)として立ち上げたレストランからも解雇されてしまうことに・・・。
ロンドンの高級エリア、メイフェアの超一等地にあるレストラン・・・中東系の投資家からの資金援助あっての経営だったのかもしれません。
困難な時期について語るアトゥルさん。
ティーンエイジャーのお子さん2人も暫くの間学校を休ませなければならなかったそう・・・。
自分のシェフとしての集大成であるベナレスを解雇させたれた後、うつ状態に陥ってしばらく家族とインドで休養し、そこから心機一転、始めたのがカニシュカだったんですね・・・。
レストランに何を求めるかは人それぞれ
私に関して言えば、テレビや本で見知った有名シェフ、アトゥルさんの料理を食べたかったからベナレスに行きました。
日本人の私にとっては、宗教も関係なく、ただ美味しいインド料理を食べたいだけ。
南アジア系イギリス人を除いて、多分ほとんどのイギリス人もそこは同じだと思うんですよね。
過去にそんなツイート炎上問題があったとは知らず、いつの間にか説明もなくエグゼクティブシェフが変わっていて、ちょっと残念に思いました。
シェフとしての仕事より経営側、レストランプロデュース業に専念しているのかなぁ・・・と勝手に思っていたんですが、いつから?なぜ?・・・と調べて分かったこの舞台裏。
現在のシェフはサミール・タネジャ【Sameer Taneja】
現在のエグゼクティブ・シェフ、サミール・タネジャ【Sameer Taneja】は、元々2011‐15年にベナレスでヘッドシェフとして働いていたのですが、独立してコベントガーデンにThali Joeというレストランを立ち上げます。
好評を得ていたのですが、2019年初め頃、閉店を余儀なくされます。
アトゥルさんが去った後、しばらくの間は、アトゥルさんのオベロイ(インドの高級ホテルチェーン)時代の師匠で、ジムカーナ【Gymkhana】でも活躍していた、ブリンダー・ナルーラ【Brinder Narula】がエグゼクティブ・シェフに就任。
2018‐19年は星を保持しましたが、翌年には落としてしまいます。
そのタイミングで休業中だったサミールさんに声がかかり、エグゼクティブシェフとしてベナレスに戻り、2021年のひとつ星を奪還。
サミールさんのベナレスとして、新しく生まれ変わったということです。
失敗を受け止めて前に進むということ
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2019年末、アトゥルさん復帰後のインスタで、新年に向けての自分への戒めと思われる投稿。
諦める(やめる)べき5つの事
- 考えすぎること
- 変化を恐れること
- 過去に生きること
- 自分についてのネガティブな発言
- 全ての人を喜ばせようとすること
これまでの経緯が分かると深い投稿です。
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イギリス人シェフBraian Turner も応援に駆け付け、ライフ-ワークバランスについてのアドバイスをしてくれたそうです。
他にもたくさんのシェフやセレブリティがカニシュカに訪れています。
いちばん親身になって心配してくれたのは、意外にもイスラム系の友人だったそう。
今後の活躍を期待
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ヒースロー空港ターミナル5(ブリティッシュ・エアウェイズ専用ターミナル)ランドサイド(出国手続き前)にも、カニシュカキッチンをオープンさせました。
彼は他にもロンドン郊外に素敵なレストランを次々とオープンさせています。
過去の栄光に生きず、前向きに新しい挑戦をし続けるアトゥルさんの今後の活躍に期待しています。
そして、サミールさんの新しいベナレスも、新たな視点でもう一度行ってみたいと思います。